あなたは主人公ですか?

まあ,私が主人公なんですけどね。うっせえわって?まあまあそんなこと言わずに。みなさん一度はこのような考えをしたことがあるのではないでしょうか。

”この世界は自分がただ一人の主人公で,周りの人間や動物,草木や大地までもがエキストラとして都合よく振る舞っているのだ。”と。

なんだなんだただの中二病かと思われた方もいるかも知れませんが,一学生の黒歴史を見ているという気持ちで楽しんでいただけると嬉しいです。

今年は2021年。私の前に示されたこの数字は年を管理するために作られたもの。それ自体は意味をなさない。本当は歴史なんて存在しなくて,今発見されている歴史的文化物は全て政府が作り上げたもの,小学校で習う社会科も全ておとぎ話。自分が生まれた時点から起こったこと,自分の目で見たことしか信用できるものはない。さらに言えば,生まれた瞬間から関わった人間が全員グルで自分のことを騙している。もう少し拗らせてみましょう。私たちが持つ”記憶”,例えば昨日鍋を食べたなどの簡単な記憶も,自分が事実と思い込んでいるだけにすぎず本当は存在しないものであり,今このように私がブログを制作している時点で増えていく数分,数秒前に打ち込んだ文字という情報も,自分の脳(と思い込んでいる器官)内の記憶と目の前のパソコンという名の無機物の表示だけでそれも全て作られた幻想。自分が今考えているという行為も必然で,そうなるべきことがそうなるように進んでいる。,,,

考え出すとまるで眠れなくなってしまいそうですね。独我論という考えがあります。他人などは存在せず,自分の精神のみが確実なものであるというものです。絶対だと思っている,思いがちなことをその一歩外に出て否定の仮説を立てていく。もしかしたらこうかも知れない,こういう考えもあったっていいじゃない。私はこのようなスタンスで存在するこの論が好きです。自分の持つ想像力を,更にその外まで引っ張っていってくれるように感じるので。

 

・他の記事はこちら→考えすぎてみた

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SIEGの願い

「勉強とは、自らが積極的に行わなければいけないものである。」これが、ジークの基本的な考え方です。
人に言われたから勉強している。
やらなければいけないから勉強している。
これでは、学びは有意義なものにはなりません。勉強はなんのためにするのでしょうか。
それは、他者を助けるためであると私たちは考えています。
目の前に困っている人がいるとして、
その人の国籍や年齢、性別や境遇、知識量等を加味した上で適切な言葉で適切な対応ができなければ目の前の人を助ける事は出来ません。
そのためには多くの知識が必要です。
だからこそ、たくさん勉強してほしいと思っています。情けは人の為ならず。
多くの人を助ける事は、
多くの人から助けてもらえる自分を作る事と同義です。
人と繋がる事は、自らの可能性を広げることにつながります。あなたも自らの可能性を広げ、自らの考える幸せな道を歩んでほしいと願っています。

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