大学で学ぶということ

なんのために勉強するのか。これは誰もが耳にしたことのある問いではないのでしょうか。

今回は、高校までの学びと大学での学びの違いとは何かというテーマについて考えていきたいと思います。

学校教育のピラミッド

学校教育というものは、はじめに基礎的な知識を学び、学年が上がるにつれてそれらを利用した発展的な学びへと進化していきます。例を挙げると、小学1年生で数字を学び、四則演算の処理、文字式の導入、関数の処理といった具合です。

ここで注目したいのが大学で学ぶ勉強についてです。大学では、より発展的な内容はもちろん、この逆ピラミッドの最も基盤となる部分についても深く学んでいきます。特にこの基盤となる部分は、高校までになかった学びの形態であり、当然だと思っていたあらゆる現象や事象について問いを投じていく面白さがあります。先ほどの算数・数学の例を用いると、大学では「数とは何か」という最も根本的問いに対して、さまざまな方向からアプローチし、研究を進めて行くのです。

我々が普段当たり前だと思っている身の回りの全ての現象について学び、森羅万象を紐解いていくことこそが大学での学びの最も味わい深い部分であると私は考えます。

 

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考えすぎてみた

 

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SIEGの願い

「勉強とは、自らが積極的に行わなければいけないものである。」これが、ジークの基本的な考え方です。
人に言われたから勉強している。
やらなければいけないから勉強している。
これでは、学びは有意義なものにはなりません。勉強はなんのためにするのでしょうか。
それは、他者を助けるためであると私たちは考えています。
目の前に困っている人がいるとして、
その人の国籍や年齢、性別や境遇、知識量等を加味した上で適切な言葉で適切な対応ができなければ目の前の人を助ける事は出来ません。
そのためには多くの知識が必要です。
だからこそ、たくさん勉強してほしいと思っています。情けは人の為ならず。
多くの人を助ける事は、
多くの人から助けてもらえる自分を作る事と同義です。
人と繋がる事は、自らの可能性を広げることにつながります。あなたも自らの可能性を広げ、自らの考える幸せな道を歩んでほしいと願っています。

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