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泉編_第1章_空手の子

私は幼い頃から空手をやっている。というのも、家が空手道場であり父は空手の教士なのだ。

母と父は私に、

「泉という名前は、いつまでも元気が湧き出る泉のような子に育ってほしいと願いを込めてつけたのよ。」「空手を極めて、たくましく立派に成長するんだぞ。」

と度々言った。両親の望み通り私はたくましく成長し、空手の段位も満18歳がとることのできる段位の中で一番高い三段を持っている。空手は私の誇りである。

 

学校でも、「あの子って空手の子だよね?」「泉といえば空手って感じ」と言われることがよくある。しかし、みんなが私のことを「空手の子」と呼ぶたびに、嬉しい気持ちとモヤモヤした気持ちがごちゃ混ぜになった。大好きな空手が私の象徴であることはとても嬉しいし、誇らしい。でも、私ががんばっているのは空手だけじゃない!!勉強だって努力してテストでも良い点を取っているのに。私は、自分の努力を皆に認めて欲しいタイプだ。だからこそ空手の努力も勉強の努力も、両方認めて欲しい。

「空手だけの子」にならないためにも、毎日空手と勉強の両立を頑張っている。勉強を始めるきっかけってテストとか受験とかもあると思うけれど、こういう些細な理由でも良いと思うのは、私だけ?

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SIEGの願い

「勉強とは、自らが積極的に行わなければいけないものである。」 これが、ジークの基本的な考え方です。
人に言われたから勉強している。
やらなければいけないから勉強している。
これでは、学びは有意義なものにはなりません。 勉強はなんのためにするのでしょうか。
それは、他者を助けるためであると私たちは考えています。
目の前に困っている人がいるとして、
その人の国籍や年齢、性別や境遇、知識量等を加味した上で適切な言葉で適切な対応ができなければ目の前の人を助ける事は出来ません。
そのためには多くの知識が必要です。
だからこそ、たくさん勉強してほしいと思っています。 情けは人の為ならず。
多くの人を助ける事は、
多くの人から助けてもらえる自分を作る事と同義です。
人と繋がる事は、自らの可能性を広げることにつながります。 あなたも自らの可能性を広げ、自らの考える幸せな道を歩んでほしいと願っています。

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