「どうしたの?本屋さんなんて珍しいね。」
笑顔で話しかけてくる。こちらも平静を装わなければ。
「まぁね。」
「あ、受験生のコーナーにいるってことは、そろそろ受験に焦って来たのかな?」
鬼の首を取ったかのように上機嫌で尋ねてきた。何か秀逸な返しで話題を逸らさなければ。
「、、、」
人は弱っている時は繊細で傷つきやすい。しかし元気になって平常時の精神状態に戻ると今まで考えすぎたり、臆病になったりしてできなかったことができるようになっていく代わりに、弱っている誰かに心ない言動を向ける側になる。傷つけたことにすら気づかなくなっていく。象は踏み潰す蟻の事は気にすることが出来ない。まさに今踏み潰されている。つまり図星を突かれて甚く恥ずかしいと言うわけだ。
「なに黙ってるの?そんなに私に見つかって恥ずかしいの?」
したり顔が心底鼻につく。もう降参だ。ここから巻き返せない。
「そうだよ。部活終わってから早く受験勉強に切り替えなければと思っているんだけど、どうしたらいいか、何から手をつけていいか分からないんだよ。」
「受験生として月並みな悩みだね。」
一生分のトラウマを与えられる一言を脳内で探したが見つからない。
「それなら先生とかに相談してみたら?塾とか入ればいいじゃん。」
それくらいのことはもう考えてある。他人が数秒で思いつくことを何日も悩んでいる本人が思いつかないはずがないだろう。しかし学校の先生は担当教科ごとの学力は把握しているが一生徒の全体的な学力を把握しているはずがない。実際相談したが満足いく回答は得られなかった。そして
「塾は多すぎてどこに入ればいいのか分からないんだ。」
ネットで調べても多くの塾がヒットし、何がどう違うのか分からない。その上全ての広告がきな臭い。本当にどこに入ればいいのか分からない。
「まぁそうだよね。でもさ志望校くらいは決めた方がいいんじゃない?決まっているの?」
もちろんそんなものは
「まだ決まっていない。」
「それはやばいね。まぁ高い志望校は狙えそうにないよね。自分にできる範囲でお互い頑張っていこうよ。」
結局、一冊も購入せずに帰ってしまった。彼女は傷つけてやろうと思っていたわけではない。しかし、言葉の棘が深く刺さって抜けない。受験でも負けるのか。もうすでに遅いのか。今まで受験に向けて頑張って来た人間が確かに存在し、部活を盾に努力を怠ってきた自分には身の丈にあった志望校を選ぶしかないのか。
精神状態がどん底に落ちたとき、いつもファイトが湧いてくる。何度負けようが、挑み続けている限り負けていない。身の丈に合わせるなんて死んだ人間の選択肢だ。生きているうちは死んでたまるか。志望校は東大に決めた。