まるでさっきまでと違う世界に来たみたいだ。
寒くもないのに体が震える。
面白い。これが武者震いというやつか。
今日の目的は洞窟の奥に住む一つ目の魔物キマツを討伐し、ツノを持ち帰ること。
道場の昇段試験としては珍しい大物に胸が踊る。
ここまでに出会った魔物は怪我を負うこともなく息を切らすこともなく全て討伐出来た。
自信は確信に変わる。俺は強い。
帰ったら師匠に勝負を挑んでみようか。
今日同じく別の場所でキマツ討伐の昇段試験を行っているイズミとエマの調子はどうだろうか。
二人が試験に落ちてしまったら練習に付き合ってあげよう。これは忙しくなるぞ。
この洞窟を出た後のことを考えると自然と頬が緩んだ。
ふと遠くに目をやると、曲がり角の先から明かりが漏れていた。
明らかに知能を持った生物がいる。人か、魔物か。剣を構えて俺は叫んだ。
「そこにいるやつ!出てこい!」
返事がない。
「おい!出てこいって!」
むくれて角を覗いた。
「え…?」
時が止まる。
一つ目の魔物がこちらを睨んでいる。こいつがキマツで間違いないだろう。座っているのに座高だけで俺の身長の二倍はある。
「でかくない?」
思わず声が出た。
そういえば来る前に師匠が説明してくれてた気がする。早く出発したくて聞いてなかった。
これは勝てないかもしれない。でかいやつは強いもん。
毛むくじゃらの体は、口周りだけベチャベチャになっている。
なるほどお食事中でしたか。これは失礼しました。
「ブガアアアアア!」
キマツが叫んだ。そりゃ食事の邪魔されたら怒りますよね。そのスープお手製?
近くにあった棍棒を掴むや否やこちらに向かって投げつけてきた。こわい。
とっさに受けた剣はいともたやすく弾き飛ばされた。つよい。
手が痺れて動かない。勝てない。
キマツがブウっと息吹くと、体と戦意が吹き飛ばされた。
たかだか16年の人生だ。壁に叩きつけられるまでの2秒間に走馬灯は3周目に突入する。
ああ、なんと空っぽの人生だろう。
幸い頭と足をぶつけずに済んだが、ダメージは大きい。
「やばいやばいやばいやばいやばい…!」
命からがら、出口に向かって一目散に走る。走る。走る。つまずく。走る。
村に戻ると師匠のゴウカクの姿が見えた。
必死に今あったことを説明する。
「ひどいじゃん師匠!あんなの倒せるわけないって!」
師匠は呆れた顔で答えた。
「そうはいってもエマもイズミも同じ魔物を倒してきてるしなあ…」
え?と俺が情けない声をだしたのと同じタイミングで、背後から声が聞こえた。
「シンイチボロボロじゃない。大丈夫?」
振り向くとイズミがいた。その奥にはエマの姿もある。二人とも傷ひとつない。
「お前ら大丈夫だったの…?」
「当たり前じゃない。私達でも勝てる魔物をあてがってくれてるんだもの。」
「あんなにでかいんだぞ!?」
「でかいやつは足元を狙うって習ったでしょ?」
俺の手に回復魔法をかけながらイズミがあっさりといった。
「武器持ってたじゃん!」
「接近戦が危ない時は遠くから魔法で攻撃するといいよー」
エマの優しいアドバイスが辛い。魔法の修行はずっとさぼっていた。
「というわけでシンイチ、お前だけ不合格だ。」
師匠が肩を叩いた。
俺の中の自信や尊厳がガラガラと崩れ落ちる。
「安心しろ。キマツを倒すためのスペシャルメニューを作ってやる。必ず強くなれるよ。」
今は師匠の言葉を信じるしかない。
そうだ、俺はもっと強くならなくちゃいけないんだ。
イズミとエマが
回復魔法上手になったねー。エマに比べたらまだまだだよー。
なんて話をしているのが聞こえる。二人は目の前にいるのにものすごく遠い世界の話をしているような感覚だ。
「やい!イズミ!エマ!」
思わず叫んだ。
「今回は負けたけど、俺はこんなもんじゃないぞ!絶対伝説の勇者になるんだからな!」
「うん!応援してるね!」
エマが玉を転がすように笑った。
「しかし…」
師匠が口に手を当てて何かを考えている
「料理をするほど、魔物の知能が上がっているのか…」
俺には、師匠の言葉の意味が分からなかった。