試験編_第3章_敵襲

「ありがとうございました!」

伸一達最上級生の声は、声変わり前のキャンキャン声にかき消される。礼を重んじる道場の教えとは真逆の喧噪に思わず眉を顰めた。

下級生が去り古くなった板張りの床が軋む音が鳴り止むと、ようやく伸一の好きな静かな道場が戻ってくる。目を閉じて耳に意識を集中するとヒグラシの声が響いた。

この澄んだ空気を感じるまで正座の姿勢を崩さないことが伸一の習慣だ。

「今日も残るのか?」

同期の門下生が帰り支度をしながら声を掛ける。

「ああ。もう少し素振りして行く。」

「そうか。それじゃお先。」

この会話もいつも通り。師範のゴウカクがにこにことその様を眺めていた。

 

「ねえ師範そろそろなんかかっこいい技教えてよ。必殺技。」

素振りをしたまま、目を合わせずに伸一が尋ねる。

「そういうのはもっと後だ。型を破るためにはまず型を覚えないとな。」

「でもさあ、飽きちゃったよ俺。昇段試験が終わってから素振りばっかり。俺もう基礎は完璧にマスターしたからさ、これ以上やっても無駄だって。」

 

口では「飽きた」と言っているが、その表情からは驕りがうかがえる。本人は自信のつもりなのだろう。

 

「なら一度僕と打ち合ってみるか?」

「うん!」

伸一が年の割にあどけない笑顔を見せる。

二人は静かに向かい合った。伸一が選択した構えは頭上まで竹刀を上げる上段。振る軌道を短くすることで素早く攻めることができるが、防御の難易度が高い。

伸一の好みにぴったりはまっており、周りから止められても伸一はこの型を使い続けていた。

対してゴウカクは脇構えで迎え撃つ。刀身を体に隠し、後の先を取ることに長けている。

カウンターが来るとわかっているのだから迂闊に飛び込むことは出来ない。それは伸一も重々承知していた。

 

辺りが静かになる。どれほど時間が経っただろうか。数十秒のような気もするし、もう何時間もこうして向かい合っているような気もする。

集中力を切らさないようにと額に汗を流す伸一に比べ、ゴウカクの姿は風のない日の柳の葉のように穏やかであった。

 

我慢しきれず一歩飛び出す。

と、同時に突然轟音が響いた。

唖然として外を見る伸一の目に、いち早く異変に気付き窓から飛び出すゴウカクの姿が映る。

慌ててあとを追い外に出ると、見たことのない魔物の姿があった。

ゴウカクが叫ぶ。

「その子を離せ!」

魔物の手を見ると、幼馴染のエマの姿があった。腕を封じられ得意の魔法が使えないようだ。足掻いているが全く太刀打ちできていない。

「あなたが噂に聞く勇者ゴウカクですか。以後お見知り置きを。」

悪魔とは思えない端正な顔立ちと佇まい、そして人間の倍はあろうかという巨躯からくる威圧感で大気が震える。

「そうか。君が新しい魔王配下の悪魔キョウテスだな。噂は僕の耳にも入っているよ。」

「それは光栄です。しかし残念。お別れの時間となりました。さようなら。」

悪魔がマエストロのように手を振ると空気中に数学が現れ、光の矢となりゴウカクを襲った。

「な、なんだこの文章量は…!」

間一髪竹刀を構えるも、受け止めきれずゴウカクの体が投げ出される。

「ゴウカクさん!」

エマが叫んだ。

「勇者といってもこの程度ですか…」

悪魔が再び指をふる。キョウテスの腕が指先から黒く光り、英語エネルギーが充満していく。

「またこの文章量…文法問題がまるでない…!」

ゴウカクは歯を食いしばった。

 

「師範!伏せて!」

でああ!とか、文字にできない言葉を発しながら伸一がむしゃらに斬りかかる。

素振りを繰り返してきたからこそだろう。美しくまっすぐ弧を描いた竹刀がキョウテスの腕に当たった。

 

瞬間、悪魔の手にまとう光の玉は霧となって消滅した。

「メチャクチャ効くじゃん!?」

当の本人が素っ頓狂な声を出している事で、その状況がどれだけ異常かが伺える。

 

「エマ!こっちだ!」

一瞬の隙をつき、ゴウカクがエマの体を引き寄せた。

人質を取り返そうとするキョウテスの手を伸一が再び叩き落とす。

バランスを崩したキョウテスが膝をついている隙にゴウカク、伸一の二人はエマを連れて距離をとった。

 

エマも立ち上がりローブから取り出した小さい杖を構える。

 

「どうやらここまでのようですね。」と低い声で小さく笑った。

「逃げる気か!?」

伸一が叫ぶ。

「ええ。どうやら私はあなたとは相性が悪いようだ。ここはひとまず撤退しますよ。」

敵の姿が闇に包まれていく。

「言い忘れていましたが、私はキョウテスではありません。私はキョウテスを真似ただけの偽物。私に勝ったからといってキョウテスに勝てるとは思わないように…」

 

「なに!?」ゴウカクが言い終わらないうちにその姿は闇へと消えた。

 

「ただの予想問題であの強さだというのか…」

「大丈夫だって!師範も見たでしょ俺の攻撃。楽勝だよあんなやつ。」伸一がニカっと笑う。

「ああ、お前のおかげだ。ありがとうな。」

「師範がもっと早く必殺技を教えてくれてればあのまま勝てたのに。」今度は口を尖らせた。

 

「伸一君、ありがとう。怖かった…」緊張の糸が切れ、エマが力なくへたり込む。

いつもの伸一なら調子に乗って偉そうに踏ん反り返ってもおかしくない状況だが、今日の伸一は真剣な眼差しでまっすぐエマを見ていた。

「師匠、これから、こんな怖い思いをする人がたくさん増えるのかな。」

「ああ、キョウテスが現れたということは、魔王ジュケーンも復活したということだ。」

「そっか…」

遠くを見つめ、魔王に切っ先をむけるかのように竹刀を掲げた。

 

「俺決めた。旅に出るよ。ジュケーンを倒すために。」

 

ゴウカクはふっと笑い伸一の頭に手を置いた。

「そういうと思ったよ、お前なら。」

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SIEG

生徒の学習状況を把握しながら進める「双方向型」の授業スタイルです。授業内容を一方的に伝える受け身の授業は、理解度やスピードの点から考えても能動的授業に劣ります。出来るところはどんどん先に進み、分からないところは質問をして解決する。対面授業でもオンライン授業でも、生徒の顔や様子、学習状況を把握しながら授業を進めていきます。勉強本来の楽しさを伝え、自ら進んで勉強することを可能にしてしまうのが、ジークです。
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